【Pikimamaブログ】反抗ではなく、脳が「自立」に向かっているサインです ― 思春期の沈黙と愛着の深まり ―

【Pikimamaブログ】反抗ではなく、脳が「自立」に向かっているサインです ― 思春期の沈黙と愛着の深まり ―

|投稿者:ピキママの育児

反抗ではなく、脳が「自立」に向かっているサインです

あんなに「ママ〜!」とたくさん話しかけてきた愛おしい我が子。気がついたら会話は減って、話しかけても「別に」としか返事がない思春期。

そんな「思春期になるとなぜ子どもは話さなくなるのか?」を、脳の発達と愛着の視点から今日は一緒に見ていきたいと思います。

この記事では、

  • なぜ思春期になると「別に」「普通」が増えるのか

  • 思春期の脳の中で起きている大きな変化

  • なぜ親の質問が「尋問」のように感じられることがあるのか

  • 車の中や寝る前に、突然話し始めるのはなぜ?

  • 子どもが本音を話してくれた時、親はどう反応したらいい?

  • 赤ちゃんの頃の「キューを読む育児」と思春期の意外な共通点

  • 愛着研究でいう「養育者の敏感性」とは?

  • 「話したい」「今は話したくない」の境界線をどう見つける?

についてお話しします。

思春期の子育てというと、赤ちゃんの頃とはまったく別のステージに見えるかもしれません。

でも実は、

赤ちゃんの「泣く」を読み取ることと、
思春期の「別に」を読み取ること。

この二つには、意外と共通するものがあります。

今日はそこまで、少し科学的な視点も交えながらお話ししていきます。


「最近、子どもが全然話してくれなくなった」

何を聞いても、

「別に」
「普通」
「なんでもない」

少し前までは、学校であったことも、友達のことも、くだらない話までたくさんしてくれていたのに。

思春期に入った途端、急に会話が減ってしまう。

そんな姿を見ると、

「反抗期なのかな」
「何か隠しているのかな」
「もう親には話したくないのかな」
「私との関係が悪くなってしまったのかな」

と、不安になることもありますよね。

感情や社会的な出来事が、大人が思っている以上に大きく感じられることがあります。

一方で、感情を整理したり、衝動をコントロールしたり、先のことを考えたり、状況を客観的に捉えたりする働きに関わる前頭前野は、まだ発達の途中です。

つまり思春期の子どもの中では、

「なんかムカつく」

「すごく嫌だった」

「でも、何が嫌だったのか自分でもよく分からない」

「説明しろと言われても説明できない」

ということが、本当に起こります。

だから親が、

「何があったの?」
「なんで怒ってるの?」
「ちゃんと説明して」

と聞いても、本人にもまだうまく言葉にできないことがあります。

大人から見ると「話したくない」に見えても、

実は、

“話さない”のではなく、“まだ言葉にできない”

こともあるのです。


脳の関心が「親」から「外の世界」へ広がっていく

もうひとつ、思春期に起こる大きな変化があります。

それが、

社会の中での自分を強く意識するようになること。

小さい頃は、

「ママがどう思うか」
「パパに褒めてもらえるか」

が、とても大きな意味を持っています。

でも思春期になると、

「友達にどう思われているか」
「自分だけ浮いていないか」
「変だと思われていないか」
「仲間に入れているか」
「自分はどんな人間なのか」

という“外の世界から見た自分”への関心が大きくなります。

これは、親の存在がどうでもよくなったからではありません。

人間がいつか家族という小さな世界を出て、社会の中で自分の居場所をつくっていくために必要な発達です。

つまり、

親から離れているように見える行動そのものが、自立へ向かっている証拠でもあるのです。

親を捨てようとしているのではありません。

自分の世界を広げようとしているのです。


「今日どうだった?」が尋問に聞こえることもある

ここで、親子のすれ違いが起こります。

親は心配だから聞きます。

「今日、学校どうだった?」

「友達とはうまくいってる?」

「何かあった?」

「テストどうだった?」

もちろん、愛情から出ている言葉です。

でも思春期の子ども側では、ときにこれが、

「チェックされている」

「評価されている」

「答えを求められている」

「自分の領域に入ってこられている」

と感じられることがあります。

特に、本人が疲れていたり、何かに傷ついていたり、まだ自分でも気持ちを整理できていない時。

質問が続くほど、心の扉を閉めてしまうことがあります。

そして出てくるのが、

「別に」

「普通」

「知らない」

「なんでもない」

という言葉。

だから、

「話さない=親が嫌い」ではありません。

話したくない時ももちろんあります。

でもそれと同じくらい、

「今はうまく言葉にできない」

「まだ自分の中で整理したい」

「質問されると余計に話せなくなる」

ということもあるのです。


なぜ車の中では、突然話し始めるの?

ところが、不思議なことがあります。

家では何を聞いても「別に」だった子が、

車で二人で走っている時。

一緒に歩いている時。

買い物の帰り道。

夜、電気を消したあと。

食器を片づけながら。

突然、

「今日さ……」

と話し始めることがあります。

そして親が聞いてもいなかった友達の話や、学校であった嫌なことをポツポツ話してくれる。

こういう経験がある人も多いのではないでしょうか。

こうした場面には共通点があります。

真正面から向き合っていないこと。

目を合わせ続けなくてもいい。

答えを求められていない。

「今から大事な話をします」という空気でもない。

別のことをしながら、ただ一緒にいる。

そのくらいの距離感だからこそ、子ども自身のタイミングで言葉を出しやすくなることがあります。

だから思春期になると、

「ちゃんと向き合って話そう」

よりも、

“横並びの時間”を残しておくこと

が大切になってきます。


話してくれた時こそ、「何を言うか」が大切

アンドもうひとつ大事なのが、子どもが珍しく本音を話してくれた時です。

たとえば、

「最近、友達とうまくいってない」

と言われた瞬間。

親としては心配だから、

「何があったの?」

「あなたも何か言ったんじゃない?」

「先生には相談した?」

「だったらこうした方がいいよ」

と、解決したくなります。

でも子どもがその瞬間に求めているのは、解決策ではないこともあります。

まずは、

「へえ、そうなんだ」

「それは嫌だったね」

「そっか、そんなことがあったんだ」

と受け止めてもらうこと。

“ここで話しても大丈夫だった”という経験を残すことです。

もちろん、危険がある時や助けが必要な時には、大人が介入しなければならないこともあります。

でも毎回すぐに評価・説教・アドバイスへ進んでしまうと、

「話すと面倒なことになる」

と子どもが感じ、次から話しづらくなることがあります。

反対に、

「話しても否定されない」

「すぐに結論を出されない」

「自分の気持ちをそのまま置いておける」

という経験が積み重なると、

困った時に戻ってこられる場所として、親との関係が残っていきます。


思春期に必要なのは「話させる技術」ではない

子どもが話さなくなると、

「どう質問したら話してくれるんだろう?」

と考えたくなります。

でも思春期の親子関係で本当に大切なのは、上手な質問を覚えることではないのかもしれません。

必要なのは、

話したくない時に、話さなくてもいい余白。

詰めないこと。

正そうとしすぎないこと。

すぐにアドバイスしないこと。

そして、子どもがふとこちらを向いた時には、

「聞くよ」

という場所でいること。

小さい頃の「安心基地」は、泣いた時に抱っこしてくれる場所だったかもしれません。

でも思春期の安心基地は、少し形が変わります。

それは、

離れていっても大丈夫。
でも戻りたくなったら、いつでも戻ってこられる場所。

なのかもしれません。


実はここにも「愛着抱っこ育児」がつながっている

そして私は、ここにも「愛着抱っこ育児」がつながっていると思っています。

赤ちゃんは、まだ言葉で自分の気持ちを伝えることができません。

「お腹がすいた」

「眠い」

「怖い」

「抱っこしてほしい」

「ちょっと離れたい」

「もう刺激は十分」

それを、表情や身体の動き、声、視線といった小さなキュー(サイン)で伝えています。

抱っこをしながら、

「今は安心したいのかな」

「これは眠たいサインかな」

「今は近くにいてほしいのかな」

「そろそろ降りたいのかな」

と、その子のキューを何度も読み取っていく。

私は、愛着抱っこ育児の大切な部分は、単に「たくさん抱っこすること」ではなく、

子どものキューを見て、その子が今何を必要としているのかを感じ取ろうとすること

だと思っています。

そして、この関係は赤ちゃんの時だけで終わるものではありません。

子どもが大きくなるにつれて、キューの形が変わっていくだけです。

赤ちゃんの頃は、泣き方や身体の動きだったものが、

思春期になると、

「別に」という言葉だったり、

部屋に戻るタイミングだったり、

いつもより少し長くリビングにいることだったり、

車の中でふと話し始める「今日さ……」だったりする。

言葉や形は変わっても、子どもはずっとキューを出しています。


実はこれ、愛着研究ともつながっています

発達心理学では、赤ちゃんの愛着形成に関わる重要な要素のひとつとして、養育者の敏感性(caregiver sensitivity / parental sensitivity)が長く研究されてきました。

これは、

「赤ちゃんをずっと抱っこしていればいい」

という意味ではありません。

子どもが出しているキューに気づき、その意味を考え、その子の状態に合った形で応答することです。

たとえば、

泣いたから、とにかく抱っこする。

ではなく、

「これはお腹が空いたのかな」

「眠くて刺激を減らしてほしいのかな」

「今は抱っこしてほしいのかな」

「それとも少し自由に動きたいのかな」

と、目の前の子どもを観察する。

愛着研究では、こうした敏感で応答的な養育(sensitive and responsive caregiving)と、安定した愛着形成との関連が繰り返し研究されています。

つまり大切なのは、

親がいつも正解を当てることではありません。

「この子はいま、何を伝えているんだろう?」

と子どもの状態に注意を向け、それに応えようとすることです。


赤ちゃんの「泣く」が、思春期の「別に」に変わる

そして面白いのは、子どもが成長すると、

「敏感に応答する」の意味そのものが変わっていくことです。

赤ちゃんの頃は、

「近づいてほしい」

というキューを読む場面がたくさんあります。

でも思春期になると、

「今は近づいてほしい」と
「今は少し離れてほしい」の両方を読むこと

が大切になってきます。

思春期は、自律性(autonomy)が大きく育っていく時期です。

そのため、親が子どもの視点や気持ちを尊重しながら、必要な時には支え、必要以上にはコントロールしないような関わり――autonomy-supportive parenting(自律性を支える養育)も、思春期の発達を考えるうえで重要なテーマとして研究されています。

赤ちゃんの頃の、

「この泣き方は、何を伝えているんだろう?」

が、

思春期になると、

「この“別に”は、本当に一人にしてほしいのかな?」

「それとも、もう一歩だけ聞いてほしい“別に”なのかな?」

に変わっていく。

そんなふうに考えると、赤ちゃんの子育てと思春期の子育ては、まったく別物ではないように思えてきませんか?


「どこまで踏み込む?」を感じ取る力

赤ちゃんの頃から、

「この子はいま何を伝えているんだろう?」

と観察し、応答することを繰り返していると、

親は少しずつ、

その子特有の表情や声のトーン、身体の動き、距離の取り方などを知っていきます。

そして思春期にも、

今は話したそう。

今はそっとしておいた方がよさそう。

もう一歩聞いても大丈夫そう。

ここから先は入らない方がよさそう。

という、その子の境界線を感じ取ることが大切になってきます。

もちろん、

「赤ちゃんの頃にたくさん抱っこをした親ほど、思春期の子どもの気持ちを正確に読める」

と直接証明されているわけではありません。

ここは、とても大切なところです。

でも科学的に見ると、

子どものキューに気づく。
その意味を考える。
その子に合わせて応答する。
そして成長とともに、自律性や境界線を尊重していく。

こうした関わりは、乳幼児期から思春期まで、形を変えながら親子関係を考えるうえで大切なテーマであり続けます。

だから私は、愛着抱っこ育児を、

「たくさん抱っこする育児」だけではなく、
「この子のキューを読む育児」

だと考えています。


抱っこできる時間が終わっても、愛着は終わらない

赤ちゃんの頃は、

泣いたら抱っこする。

少し大きくなったら、

転んだ時にそばにいる。

そして思春期になったら、

話したくない時には少し離れて、

話したくなった時にはちゃんと聞く。

やっていることはまったく違うように見えます。

でも、根っこにあるものは同じです。

「あなたのサインを見ているよ」

「あなたの気持ちを尊重しているよ」

「必要な時には、ここにいるよ」

ということ。

小さい頃は、腕の中が安心基地だった。

でも子どもが成長すると、

その安心基地は少しずつ形を変えていきます。

抱っこして守る場所から、

自分で外の世界へ出ていける場所へ。

そして思春期には、

「離れてもいい。
でも戻りたくなったら、いつでも戻ってこられる場所」

になっていく。

抱っこできる時間は、いつか終わります。

でも、抱っこを通して繰り返してきた、

「この子はいま何を伝えているんだろう?」

とキューを読み、応答する関係まで終わるわけではありません。

赤ちゃんの「泣く」が、

幼児期の「イヤ!」になり、

そしていつか、

思春期の「別に」になる。

その言葉だけを見るのではなく、

その奥にあるキューを見ようとすること。

それは、子どもが何歳になっても変わらないのかもしれません。

思春期の子育てで大切なのは、

いつでも何でも話してくれる子にすることではありません。

話したくなった時に、戻ってこられる親でいること。

赤ちゃんの頃は腕の中でつくっていた安心基地を、

思春期には、

「近づいてもいい。離れてもいい。自由に必要な時にはここにいる」

という関係へ。

愛着抱っこ育児は、赤ちゃんを抱っこするためだけの育児ではなく、

その子を知り、その子との関係を育てていく、最初の一歩なのだと思います。


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